精神科には99年頃にお世話になっていて、そこからインターネットに触れるのが2004年頃。そのネット上で起きた人との関わりにおいての出来事。
2005年か2006年かちょっともう思い出せないのだけど、その頃私は当時はやりだしたSNSに招待してもらい、そこで人とのやりとりを楽しく行っていた。
ところが、とある出来事から、その中の一人と感情的なトラブルがあり、私はその人と付き合うのがつらくなったので、付き合いをやめる。
そういうことが起きているときの話。
トラブルの最中、感情的な行き違いゆえに、これは自分が悪いのか、ああいってくる相手が悪いのか、としきりに悩んでいた。
そこでいろんな考えが浮かんでくるのだが、あるとき自分ではばかげているとかそんな考えが浮かんできたときに、胸のあたりがふわっと緩んでくるのを感じて、改めて自分の考えに注目することになった。
そのときなにを考えていたのかもう思い出せないんだけど、覚えていることは普段のいつもの考え方のときに胸が締め付けられる感じがして、ばかばかしいと思って普段は相手にもしないようなことを考えたときふわっと胸が緩んだ、ということだけは記憶している。
だから、わたしはこのときに、自分が考えたことが身体の心地よさに影響を与えているんだなあ、と初めて実感したのである。
そんな体験から、歳月は過ぎて、ヒーリング関係のことをやり始めて、精神科のほうは通院しなくてもよくなってきたけど、もう一つの懸案事項である喘息があまり改善していない。私としてはこれもできれば改善したいんだけど、ケイシー療法と言われるところで知ったことを少しやってみても、全面的に薬がいらなくなる、というところまではいかなかった。
自分の考えが身体に影響を及ぼす、ということにこだわっていたころ、なかなか改善しなかったことが、外部からレイキとかケイシー療法とかで対応しているうちに、少し改善するのも実感したため、すっかり自分の考えのことなど忘れ、また好き勝手に自分の好きなことを考えていたのかもしれない。
ところが、ヒューマンデザインを知ってから、自分のそういう考えは自分じゃなくて、周りから条件付けされたものかもしれない、というのをチャートを見ながらリーディングを受けて、考えは自分の生活習慣にも及ぶことをあらためて自覚した。確かにそうだ。食べ物とか生活スタイルなんて、自分の信条に沿って形成されていくんだから。
そんなこともあって、数年前からまた自分が考えていることについて、少し考えるようになったんだけど、なんだかあまりうまくいってない感じがしていた。
やっぱり考えだけではだめで、考えなどとにかくほったらかしで自分の生活のスタイルを実践しなくては、と思っていたのである。
ところが、事態はまるで追い打ちをかけるように、今年歯の根元が腐って根管治療しなくてはだめなことになった。全然痛くもなかったのだが、たまたま定期的にとってるレントゲンで根元が腐っていることを発見されたのである。
で、前に別の歯で根管治療したことあるので、あまり深く考えなかったんだけど、いざ始まってみると、なんだか経過が思わしくなく、あまりにも痛みがひどくて、4回目から担当の歯科医が変わり、3か月治療やめて経過を見た。そしてCTを先日撮ってみて経過がかなりよろしくない、とのことだった。診断されてから5か月が経過していた。
とりあえず、昨日はCT見ながら先生が実際に治療しているところを見て少し中を治療して、また次回。というところにいるんだけど、この治療した歯が不思議な痛みを送ってきた。
今日になって、別段なにもしなければ痛みもない、食べるときに気を付けていればいいんだけど、ふと、昔付き合っていた人のこととか、父親のこととか、思い出して、そのあとそれらの人に関するなんらかの考えが一緒に浮かんできた(言語化が難しい)時。
ほぼ同時に、その治療した歯の中で虫歯がうずくような鋭くしみるような刺すようなあの歯特有の痛みが出て、びっくりした。それで考えるのをやめて、でも、無意識に部屋を移動しながら、なにげなく考えているところにまた彼らのことが浮かんでくると、無意識の考えと一緒のように歯の痛みがくるので、びっくりしてやめる。そういうことが数回あって、初めて
「なんかこれらの人について考えるのまずいのかな?」
と思い、また浮かんできたときに心の中で
「スルーだ」
とか思ったら、一層歯の痛みが大きくなって、びっくりしたので、スルーもだめなことがわかった。
幸い、それからあとは特に痛みがない。
なんか因果関係はわからないけど、体感覚の苦痛と自分で考えてることが自分にとっては苦痛な出来事に近いので、そういうものが一緒に出てくることってあるのかもしれないって思った。
