bluerose’s diary

精神疾患のこと、その他持病についても少し

“失われた時を求めて”という感覚

実は父が今年亡くなって、今もいろいろと忙しい。

慣れない手続きや人とのやりとりであまり落ち着かない。

それでもおおよその目途がつき、少し物事が進んでほっとしたところ。

 

 

先ほど父の遺したものを整理しながら数をゆっくり数えていた。

そうやってゆっくり数を数えているうちに、幼いころデパートの催事場で自分の背丈ほどもある平台の合間を親に連れられて歩いているわたしを思い出した。

幼い私は平台の縁を見ながら、なぜか数を数えているのである。そうして100まで数え上げると、

「こんなに数を数えた」

とうれしくなって、さらに101から続けていく。そのうちどこまで数えたのかわからなくなるが、デパートの催事場の平台や、そこに載せられている商品の山や、見ている大人たちの腰やそういったものはなくならず目の前にあり、わたしは次々と通り抜けていく、そんな光景。

 

そして、わたしは遺した父のものに思いをはせ、涙が流れ出すころ、

茶の間のテレビではいつの間にか中島みゆきの「わかれうた」が流れていた。