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bluerose’s diary

15年間の向精神薬服用生活から断薬しました。

百面相遊び

最近、鏡で変な顔をしては、鏡の中に向かって

「こんな私でも愛してくれる?」

とか独り言を言っては笑い、また別の顔をしてはそのセリフを吐く。

あんまりしつこくやっていると、自分でもうんざりしてきて

「あんた、もともとそんな顔じゃないでしょ」

とか切り捨てては笑う。

 

こんな遊びをしていると、人との交流も同じだなあ、と思う。

変な態度の人が、こんな私でも愛してくれる?的なことを言ってきたとき、その人のことをよく知っている間柄なら「あんたそんな人間じゃないでしょ?どうしたの?」とか言ってさ。

 

でも、あんまり知らない人だと、本当のその人のことを知らないものだから、その態度がその人だと思い込んで変な人、とか思ったりね。

 

なんかさ、自分が落ち込んだりへこんだり、不安だったり、怒ったり、そんなときは自分がどんな顔だったか忘れて、その変な感情の時の自分がすべてだと思ってしまう。

でも、そんな時こそ、自分がどんな顔なのか、思い出すために鏡を見るといいのかもしれない。

 

それにしても、変な顔をして遊んでいると、自分が過去いかに自分の感情を押し殺していたか、ということがわかる。

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ETAホフマン、というドイツの作家がいる。

くるみ割り人形の物語がよく知られている作品かな?

くるみ割り人形とねずみの王さま/ブランビラ王女 (古典新訳文庫) (amazon)

 

音楽を愛して、楽長として諸国を放浪していたり、役人のようなものになったり、その合間に怪奇小説幻想小説を書いていた。

友人の話によると、ホフマンはバーの隅のテーブルでよく一人で百面相をしていたのだという。

 

昔、その話を知った時は、変わった人だなあと思ったのだけど、今はちょっと彼がその一人遊びをしていた気もちを想像できそうな感じ。

 

幻想小説浪漫派の代表作は黄金の壺。

黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ (光文社古典新訳文庫)(amazon) 

 

ホフマンの小説はみんな好きだけど、悪魔の霊酒などはそんな百面相の一端はこんな心境なのかも、という雰囲気があって面白い。もう一人のわたし。

悪魔の霊酒〈上〉 (ちくま文庫)(amazon)

悪魔の霊酒〈下〉 (ちくま文庫) (amazon)