bluerose’s diary

精神疾患のこと、その他持病についても少し

何かをやめるとき。

昨日の記事に関連して、思ったことをもう少し。

気が早いけど、逃げるときは全力で - bluerose’s diary

 

せっかく入った職場をやめるということは、よほどのことがない限り迷いがつきものだ。特に新社会人の場合だと、キャリアをこれから積むという時に、やめてしまってよいものなのだろうか?と感じることもあるし、周りに相談しても、やめるよりは続けることを前提として話をすることがほとんどだろう。

 

もちろん、それに越したことはなくて、例えば、私の例だが、若い時に初めて就職したところで、お局様の態度にブチ切れた私は、思い切って上司に訴えたことがある。もちろん、上司はなんとかするからあわてるな、ということをおっしゃってくれて、私もその上司が気にかけてくれる、ということと、自分が自己主張したこと、それから仕事自体がつまらないわけではなかったため、それだけでやめることはなかった。だから、悩んだときは信頼できる人に相談してほしいのである。

 

しかし、反面、仕事が面白くないとか、人間関係でどうも違和感がある、という場合、自分もやめたい本当の、明確な理由づけができないものだから、やっぱり頑張って続けた方がいいよね、となりがちである。それと、これは恐ろしいことなのだが、入った職場と自分のライフスタイルが微妙に違うことがある。どう説明したらよいのかうまく言えないのだが、一日の大半を職場で過ごすことを考えると、その影響は甚大で、うまく説明できない違和感を抱えてしまうことがある。目に見える悩みの影にそういうことが含まれていたならば、対処するのも少し手間取る。

 

 

こういう場合に、この違和感について自分の感覚を確認する必要があるわけである。

 

私が数年前、断薬後に入った職場を数か月でやめたときのことを簡単に書いておこう。

当初、特に問題があったわけではなかったのだが、少し自分の感覚を変えるような生活を始めたときに、まるでそのタイミングに合わせたようにその職場の雰囲気が違うものに感じられるようになった。本当に対人関係にストレスが出てきて、なんでこんなことになってるのか自分でもわけがわからなかった。

 

それで、昨日の記事のように、カードを引いて、対策を練ろうとするのだが、カードの解釈もままならないのは、自分の観念が固定されていたからなのであった。そのうち無意識にでも、質問の仕方を変えると視点が変わることに気がついたのだろう、それをやって、辞めた方がいいのかもしれない、と思うようになったのだ。

 

とはいえ、占いだけでやめるのも流石に憚られる。だから、この職場の細かい違和感に注意を払うことにした。すると、すぐにやめる動機に結びつく出来事が起こり、これを容認したら、自分はなし崩し的に自分の存在をないがしろにされると思った。

 

そのあとで、職場に縛られて悩み続けることより、今まで働けなかったのだからまた一からやり直してもいいのではないか、と思う出来事があって、その日にすぐ辞めた。自分でも驚くほど、すらすらとことが運んでしまったので、もう自分の中で準備はできていたのだろう。

 

後で、その職場と一緒だった人に会う機会があって、こういうことがあった、と話すと「相談してくれればよかったのに」と言われた。

その方はいい人で、ちょっと残念にも思ったのだが、でも、誰にも相談しなかったのは、自分はもう心のどこかでこの職場を続けることを断念していたのだと思う。

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もし、自分自身が元の職場で頑張りたいと心の底で思っていたらたぶん誰かに相談したり、もっと他の職場の人を信頼して相談したりしたのだろうが、その相談したい上の立場の人や、人事の管理に携わっている人をあまり信頼できなかった。

 

ずっと社会で仕事を頑張っている人からみるとあまり感心するようなことではないのだけど、精神疾患にかかった側から見ると、仕事をずっと続けていくうえで、キャリアを積むことが、励みになる人と、そうでない人がいるのではないか、ということも否定できないのである。そうでない人の場合、モデルケースを見つけるのは難しく、自分自身で自分の生き方を見つけ出さなくてはならない。

 

だから、続けるばかりが良いとも限らない、ということを私は知らせたいのである。

 

同じ年齢でもその人生体験の出来事は人によってちがう。年を取って若いころの挑戦や課題を迎える人もいて、確かにそれは一般的な観念からすると未熟で劣っているとみなされるかもしれない。だが、そういう風に見る社会にずっといて、ほかならぬ自分がそういう立場になった場合、私は自分自身がどれほど偏見でものを見ていたのか、そういうことを痛感したし、そこから這い上がる場合、この自分自身の偏見と闘うことを余儀なくされる。

 

あと、自分の感覚を磨いていく、という背景には、純粋に労働環境を選ぶ力を磨くということも含まれる。うかうか入った職場がブラックだった場合、環境を選ぶことができると知らずに、命まで落としてしまうようなことを、これ以上増やしてほしくない。

だから逃げるときは逃げてください。