bluerose’s diary

15年間の向精神薬服用生活から断薬しました。

気分や精神とはなにかという疑問。

向精神薬を飲まなくなったからといって、気分や精神がぶれないようになったのかというとそうでもなくて、つらい気分の時もあれば楽しくなる時もある。むしろ薬を飲まなくなってからそういう気分を敏感に感じ取るようになった。一つにはそういう気分の揺れをおそれなくなったことがあるだろう。向精神薬を飲んでいたころは気分がぶれるたびに調子が悪いのかとびくびくしたものだったが。

 

最近、呼吸器系の持病が不安定である。まあ気管支喘息なんだけど、薬でずっと管理していた。この喘息という病気も最近自分にとっては不思議な病気だと思いつつある。

 

事の起こりは断薬のきっかけとなった急性期の症状なのだけど、必死でその症状と立ち向かっているとき、日常生活がおろそかになる。いつもつかう喘息の薬を使い忘れたりしていたのだけど、不思議なことに全然苦しくなかったのである。そのことに気がついてしばらく喘息の薬を減らして様子を見ていたが、急性期の症状が収まるにつれて喘息の調子も普段と同じになった。

 

このことをお医者さん(内科の)に言ったのだけど「聞いたことない」ということだった。それに喘息がよくなってもあの急性期の状態じゃ喘息以上に日常生活送れないし。

 

これが断薬前に経験した喘息と精神の関係だった。

 

この後、というかここ数か月の話だが、いつも通りの薬であまり良くならないことがあって、最近喘息悪くなっているかなあ、なんて思っていた。それで昔ひどかったときに使った薬を使ったり、増量したりしていた。

 

ある時、非常に不安になったり落ち込んだことがあった。それから次の日に急に楽観的になったりすることがあった。こういうことが何回か続いたときに、ふと喘息の薬のことを思い出した。

 

不安や落ち込みのとき、薬が切れている時間で、非常に精神的に自分が安定して楽観的になってるときは薬を使ったあとなのだった。それで思ったことは昔から当たり前のように言われている、「おなかがすいてるときは機嫌が悪い」的なことで、喘息の状態が薬で上向きになると精神的にも楽になることがあるのかも、ということだ。

 

喘息の薬に自律神経に働きかけるものがあって、それを使うと人によっては動悸が激しくなるということもある。カフェインににた成分の薬もある。また少し昔だが新薬の副作用の中に気分の変調にまつわるものが含まれているものもあった。

 

これらのことを思い起こすと、私の精神的な病っていったいなんなんだ?ということになってくる。あるいは喘息っていったいなんなんだ?ということとか。

 

じゃあ、薬なしで喘息治るかもしれないな、と一瞬考えるのだけど、実は喘息の薬を向精神薬のように乱暴に断薬するわけにもいかない、というか発作時のあの苦しさを考えるととてもリスクを冒す気にならないのだ。

 

まあ精神病のキチガイじみた身体症状や幻聴や感覚のおかしさもひどいものだったが、喘息はそれとは一味違う、澄み切った意識の中の窒息、という拷問が待ち構えていて、あれの時は本気で「なんとかせねば」と思う。さすがにそれで意識を失うほどにはならなかったが、ひどいと意識失って死亡する、いわゆる「喘息死」というものがある。

精神疾患の拷問が「死なせてくれ」と苦し紛れに思うのと対照的な心情。

 

ん?お筆先のように入力していったら最初に書くつもりのこととはずれていったな。

そうそう、精神的な症状が身体的なものと密接に絡み合ってるなあ、という実感をここに書こうとおもったのだっけ。

 

ただ、それだけ。