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bluerose’s diary

15年間の向精神薬服用生活から断薬しました。

常識を疑え!!!

今日は五十肩についてです。

今年初めに重たい鞄をしょっているときに左肩を痛めたのですが、夏になり動かしにくくなってきたので、整形外科へ行きました。

診断は五十肩。

ということで、薬をもらったのだけど痛みがひかない。

五十肩は1年くらいで治るそうであるが…

 

喘息改善のためにヨガへ通いだした

そこで、五十肩のことも話して肩のことも少し動かし方など教えていただいたのだが

なんかちっともよくならない、どころか11月に入ってますますひどくなったよ!

流石に、動かすたびに悪化しているような気がしてきたのでちょっと調べてみたらこんな記事を書いてる整体師がいたんだね。

五十肩に関しては“アイロン体操”に代表されるリハビリ運動が有効とされているようですが、私の目から見ますとそれらは効果的でないばかりか症状を悪化させる危険性さえあるように思えます。

五十肩(肩関節痛・腕の痛みやしびれ感)について

 やっぱりそうでしょ!

と私は急に意を強くした。

だって、

肩を意識的に動かせば動かすほど悪化していってるのでゎ?

とかなんとなく思っていたのだもの。

 

ただいまかなりこじらせており、夜中痛くて眠れないことが多いよう(/_;)

 

 

というわけで喘息のこともおなざりで、ブログ更新もままならぬ近況でございました。

 

 

 

アレルギー体質だけは治らないみたいだな

喘息になってるが今は薬を使っていないという方と、最近交流することがあって、少し話をしているのだけど、この間、1年ほど前に鼻の手術をしたということを聞いた。

 

もしかして鼻の粘膜が厚くなったのでそれを切る手術かな、と思って尋ねてみるとそうだという。

 

喘息と鼻炎の関係はよく知られている。

私のかかりつけの医者も鼻炎が悪くなると喘息も悪化するよ、といっていたし、鼻が悪い人は鼻を治すと喘息も軽快するという書き込みも見かける。

現に私も子供のころから鼻が悪くて耳鼻科に通って鼻洗浄を続けていたこともあるのだ。結局それは効果があったのかどうか体感できなかったのだけど、まあやっぱりある程度体質みたいなものは関係あるみたいだ。

 

その方は若いころ皮膚が弱かったらしく、今でいうところのアトピー体質のようである。皮膚の方はどうか知らないが、喘息はあまり薬が効かなくて吸入ステロイドなどは使っていない。鼻もよくないとおっしゃってた。

それでも、歳のわりに若く見えるのは、身体のことをきちんとやってらっしゃる方だからかもしれない。もう70近い方である。

 

とはいえ、鼻の手術か。

自分が少し喘息が治って健康バリバリになることを夢想していたので、喘息をなんとか制しても、どこかしらに症状が現れるものなのだなあ、と現実の厳しさをちょっぴりほろ苦く感じた。

 

そういえば、9月に山川紘矢・亜希子さんの講演会に行ってきたけど、丁度紘矢さんは鼻の手術を受けたばかりで、その講演会が手術後初めての講演会だったということだったな。

唄とか気持ちよさそうに歌っていたけど、あの鼻の手術も、鼻の粘膜の手術だったのだろうか?

紘矢さんも昔喘息やってるしね。

喘息の薬覚書

漠然と使っていた喘息の薬を意識して使い始めて2か月ほど経過。

覚書として、体感したことを手短く。

 

とにかく、気管支拡張剤だけを使うのは危ない。

薬効が切れたと思われる時間に身体が急につらく感じたこと。PF値を測ると案の定すごく下がっているのに、呼吸が苦しいとか前みたいに感じなくなってたことが恐ろしかったわ。

 

薬は組み合わせでかなり効果があるが、だからといってそれだけ使うと全然だめだ。(これは状態が悪い時の話。ほどんど大丈夫なときはこの限りではない)

  • 吸入ステロイドだけで呼吸はすぐに楽にならない。(思った以上に時間がかかるので気管支拡張剤で発作を止めつつ使うのが効果的という、標準治療は伊達にそうなってるわけではないということ)
  • 気管支拡張剤だけでは発作止めの時間が短い。
  • 抗アレルギー剤だけでは到底呼吸を楽にするのは不可能。

 

吸入ステロイドを止めてもすぐには悪くならないが、2週間ほど止めてるうちに風邪みたいな症状がでるようだ。

これはこの2か月だけでなく、去年、やっぱり喘息が悪化したときに、もっと強い合剤を1か月ほど使ったことがあった。その時にかなりPF値がよくなったため、恐る恐る吸ステを休止してみると、2週間くらいから風邪みたいに鼻水やのどの変調を覚えて、慌てて再開した。今回も記録をみると、他の薬を使っているにも関わらず、吸ステを使ってないとだいたい2週間前後で風邪みたいになる。ただ、喘息突然死のような不安は感じられない。また炎症が徐々にきてるな、という体感。

 

以上、覚書。

 

 

アトピー性皮膚炎の炎症と喘息の炎症は違うかもしれない

喘息になりたてのころ、情報収集でお世話になったサイトのひとつに諏訪部章先生の

ぜんそく患者さんからの寄稿集

がある。

ここをよく眺めていていたのはもう10年も前のことだ。その後はあまり閲覧することもなかったのだが、最近始めた自分自身の喘息改善への取りくみの中で、「吸入ステロイドをやめる」という言葉で検索をかけたら、先生のサイトがトップで見つかり、その内容を改めて読むと、古いながらも、なにか一筋のヒントみたいなものも見えるのであった。

余談ですが、実験的にある抗原に感作されたモルモットにその抗原を1回吸入させると、即時的(分単位)の気道収縮(臨床的には発作)遅発型(日単位)のなだらかな気道炎症が起こるとされています。これに対しステロイドは、前者には効かず後者のみを抑えてくれます。これが、ステロイドが気道炎症に良く効くといわれるゆえんです。

質問54

また、これとは別の段で、先生はアトピー性皮膚炎と喘息では炎症という点では異なる病態ととらえた方がいいかもしれない、と書かれている。

 

となると、アトピー性皮膚炎を対象にした脱ステロイドのやり方を喘息に応用するのはかなり危険なことかもしれないと思った。

 

昔ずいぶん閲覧したはずなのに、こういう重要なことをすっかり忘れている。

 

実際、私も今回の減薬実験で、喘息発作に2種類あるような感じがしたのも事実である。状態のいい時には吸入ステロイドとシングレアだけですんでいても、状態の悪い時に、薬を気管支拡張剤一種類にしたり、あるいは吸入ステロイド単体にしたら、シングレアの補助があっても、すぐに不安定になったり、薬が全然効かなかったりして、これはいかんな、と思ったのだ。

 

吸入ステロイドを使いたくないばかりに、昔ながらの気管支拡張剤だけを使っているという質問掲示板の書き込みなども見て、ためしに自分も実験してみた。

気管支拡張剤だけだと、ある時急に不安定になったことがあって、非常に危険だと思った。その時はよくても、薬が切れたときのPF値の下がり方が、半端でなかったのだ。

おそらく気管支拡張剤で気道を無理やり広げているうちに、知らず知らずに諏訪部先生いうところの、遅発型炎症が進んでいたのだろう。

 

喘息死になる、というのがわかるような気がする。

 

また、作戦練り直しだわ。

たまに戻ってみるとどのくらい進んだかわかる

完全に禁止はしないまでも、できるなら吸入ステロイドを使わないでちょっと維持してみよう、と考えてから、1か月ほど経過した。

最初のうちは、吸ステの抗炎症作用の貯金があって、薬なしの日を設けてもそれほどPFが下がらなかったが、だんだんと上がらなくなり、ちょっと自分で思っている危険域にいきそうだったので、一度吸ステを再開し、もう一度脱吸ステを試みる。

 

今度は、吸ステ以外の薬ならなにを使ってもいいと許可して、古いタイプの治療法、テオフィリン系の薬を使い、また一日おきに服用していたモンテルカスト成分の薬を毎日使ったりもした。

ところが、これは前と違って抗炎症貯金がないものだから、なかなかPFは改善しない。そのうち徐々に下がりだしてくるし、テオフィリン系を飲みだしてから、寝つきが悪くなってしまい、もう、こんなことで意地はってもだめだし、一度吸ステでもとに戻すか、と思い、昨日悪化したときに増量する量で吸ステを使った。他の飲み薬はなし。

 

今朝のPFは吸ステ休止中のときより50くらい上がっていた。さすがにステロイドさまさまだ。

やっぱり、現代医学にはかなわないのか、と

敗北宣言をしようとして、

ふと、今までの記録を読み返してみると。

 

2か月ほど前、まだ喘息の体質改善を始めたばかりで、今より徹底しないでやっていたころ、同じような量の吸ステを吸っていた時期があった。そのときのPFを見ると、昨日吸ステを吸う判断になった、危険域になりつつあるなあ、と感じた数値と同じなのである。

 

つまり、前、喘息が悪化して吸ステを増量したときの状態より、今回吸ステを増量したときのほうが成績がよかったということだ。

 

ここ2か月ほどの体質改善推進計画は、むだではなかったかもしれない。なにが効いているのかわからないが、とにかく、結果が出てないように思えたけど、そうでもないみたい。

 

私としては、吸ステ使ってしまったこと自体、もうだめだ、軍門に下ろう、というあきらめに近いものがあったのだが、この記録に意を強くして、再び体質改善と減薬に取り組むことにした。

 

まあ、たまに負けてみるのも新しい視点が獲得できてよいものなのかも。

 

 

甘い誘惑

インターネットを始めてもう10年以上経過するが、精神科に通院していて薬を飲んでいたころには見なかったサイトやブログを、今よく見るようになっている。

 

人間関係の話とか、お金の話とか、俗世間で興味を持たれているような話題のこと。

流石に芸能関係の話はまだついてゆけないが、「あなたもモテる」「あなたも稼げる」みたいなところのページをつい見てしまう自分が面白すぎる。今まで興味のないふりをしていたのか、それとも自分とは縁遠い世界だと思って敬遠していたのか、自分でもわからないけれども。

 

まあ、そういうページを見ていると、必ず「これをやれば」「これを手に入れれば」「この方法を知れば」みたいに、煽りのメッセージがあって、最初のころはそれがやけに気になったりしていたものだ。

 

そのうち、こういうページでものを購入したり、方法を知るためにお金を払ったりするひとが結構多いのだな、と知り始め、なんとひと昔前の雑誌の怪しげな広告と同じことにようやく気がついた。まあ、中身は怪しいのかどうかわからないので、多少の偏見的表現をお許しください。

 

それで、昔の若いころの自分は、この手の広告にかなり嫌悪感があって「だまされないぞ」みたいな部分と、あとやっぱり幾分気になって、広告につられて購入して自己嫌悪に陥ったりしていた。

 

ところが、今、やっぱり広告みたいな文章につられて、一部購入したりしたことがあるのだけど、なんかあまり自分に嫌悪感がわかない。

一つには、自分が人生経験浅いので、経験のつもりの買い物という意識がどこかにあることと、あと今、そういうページを見ていて気がついた自分の気持ち。

「このような甘い誘惑を謳った文章に酔うことができる人は幸せなんだ」

ということ。

 

精神科に通っていた時代。私は社会からキチガイでなにも判断できない人だと思われないように極力知的になろうと一生懸命だった。そしてそれが他の精神疾患の人への自分なりの配慮のつもりだった。

だから、このような世間的に疑問符を持たれるようなことへの興味はあっても控えなくてはならないと感じていた。

 

今、私は断薬後に就労と検定試験の合格で、その足かせから自由になれそうな気分がしている。ようやく自分の本能的な欲求へ向き合ってこれを癒していこうという準備が整いはじめた感じ。

人生の感覚

先日初心者向けの心理カウンセリング講座があったので聞きに行った。そのあとで講師の方に
「理論はわかるんだけど、どうも技法がわからないのは自分の中に人の心を知るのが怖いという恐れがあるのではないかと思った」
と感想を述べると
「人の心に触れるのが怖いのは自分の心に触れるのが怖いから」と返答いただき、あっ、そうなのかと目からうろこだった。
 
その後帰宅して非常に疲れたのでなにもせず眠る。
いつもより遅い未明の就寝だったが、なんと中途覚醒が当たり前だったこの10年以上において、一度も目を覚まさずに7時間ぶっとうしで眠ったのは驚きだった。
 
明け方、昔精神科に繋がる出来事のことを思い出して、トンネルに鍋蓋のような扉で閉じられてる場面が見えた。それから急に地元にある地下道のイメージが見えた。どうやら扉の向こうらしい。
あの地下道は現実的な話をすると、先日初めて通った場所で、極端に人が少なくまるで見知らぬ場所なのだけど、なぜか自分は「過去生を歩いている」感じがした。
 
地上にでると警察署や公園があって、いつも知ってる場所。けれども地下道は知らない場所。にも関わらず、地上であれ地下であれ目的地は一緒なのだ。
 
私の半生は恐ろしくなにもないように見えるけれども、この人通りの極端に少ない、寄る場所もない地下道をただ、黙々と歩いていただけなのかもしれない。
 
高校卒業したころに、やはり黙々と歩く夢を見たことがある。その道はバスが時折通るけど、全体的に荒野で建物もない。
実家の近くは市と市の調整区域で建物がほとんどなかった。あのイメージ。そして、橋の下なのかな?コンクリートでふさがれてるところまできた。しかしそのコンクリートには小さな穴が開いていて、一緒に歩いてきた誰かがそこを抜けようとしているところを私は見ているのだ。
 
両方とも信号や交差点などなく、ただ目的地へと向かう道になっている。
 
現代社会はいろんな理由で社会から隔絶され、あるいは引きこもってなにもないような状態で生活している人が多くなったと問題にしているが、そういう人々はもしかしたら、自分の人生の目的地へ地下道を通っているだけなのかもしれない。